神変

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2018年03月26日

 最近、京都に限らず来日される外国人の多さが、何かと話題となっております。醍醐寺に於いては、一昨年、中国で開催した展覧会の影響もあるのか、一段と多くなったようです。しかも、以前とは異なり、単なる観光目的ではなく、何かを学び取ろうとされる外国の方が増えております。それも、お茶やお花をといった習い事だけでなく、お寺の日常そのものに関心を持つ人も出てきており、実際に醍醐寺に学びに来られる方もおられます。
 そのような人は、一度ならず二度三度と、足を運ばれます。そうなると、大勢の観光客の一人ではなく、顔を知っている人、さらに名前を聞いた人、顔見知りへと関係が深まってきます。この関係を育んでいけば、醍醐の教えを広めることにも繋がる、と感じられるようになりました。そして同時に、これは外国の方々だけに通じるものではなく、日本人に対しても、顔を知り、名を聞き、対面することが大切である、という、昔は当然であったことを、改めて認識する機会ともなりました。
 現代は、いろいろと便利になり、様々な方法で情報を流すことも、受け取ることもできます。しかし、インターネット上の匿名性を利用して、誹謗中傷が流され、傷つく人が出ているのも事実です。
 便利な世の中ですが、顔を見て対話をすることの重要性は、変わらないどころか、ますます大切にしなければならない、との思いを強く持ちました。特に我々僧侶は、そのことを心に刻まなければなりません。
 醍醐派教師皆様お一人お一人のお力で、開山・聖宝理源大師以来の「実修実証」の教えのもとに、社会に即した醍醐の祈りの世界を、より多くの人々に伝える方策が生まれることを願っております。

真言宗醍醐派管長
大僧正  仲田 順和

今月の管長様のおことば

2017年06月01日

醍醐寺は聖宝理源大師が貞観16年(874)に上醍醐山上で地主横尾明神の示現により、醍醐水の霊泉を得、小堂宇を建立して、准胝、如意輪の両観音像を安置したのに始まる。そののち醍醐・朱雀・村上三帝のご信仰がよせられ、延喜7年(907)には醍醐天皇の御願による薬師堂が建立され、五大堂も落成するに至って上醍醐の伽藍が完成した。それに引き続くように下醍醐の地に伽藍の建立が計画され、延長4年(926)に釈迦堂が建立。ついで天暦5年(951)に五重塔が落成し、下伽藍の完成をみた。