国宝『宋版一切経』調査を実施~広島大学小林調査団
8/17~22、醍醐寺文化財研究所員である小林芳規広島大学名誉教授を代表とする調査団により、今年3月に国宝に指定された醍醐寺宋版一切経の調査が行われた。今回の調査は、宋代の中国で角筆を使って書き入れられた符号についての分析と写真撮影が目的であった。
8/17~22、醍醐寺文化財研究所員である小林芳規広島大学名誉教授を代表とする調査団により、今年3月に国宝に指定された醍醐寺宋版一切経の調査が行われた。今回の調査は、宋代の中国で角筆を使って書き入れられた符号についての分析と写真撮影が目的であった。
8/18~24まで、醍醐寺文化財研究所の研究員でもある副島弘道大正大学文学部教授による文化財調査が実施された。今回の調査は、霊宝館北蔵安置の阿弥陀如来立像、弥勒菩薩坐像、厨子入千手観音立像、観音菩薩立像等の調査が行われた。
8/29、親授式が仲田順和座主を御導師に、総本山醍醐寺弥勒堂において行われた。
8月の親授式は、新住職1名。
8/20、三重県鈴鹿市の滝谷山不動院(服部秀快住職)の一行80名が、水霊供養のため総本山醍醐寺に来山した。
水火二元の供養は、午前10時より、仲田順和座主を大祇師に柴燈護摩供を厳修した後、バスで琵琶湖に移動し、水霊供養を行った。
8/16から8日間、博物館学芸員資格取得のための博物館実修が行われた。
この時期は、醍醐寺文化財研究所の調査も行われおり、実習生には、第一線で研究・活躍される先生方の話を生で聞ける、またとない機会となっている。
8/5、総本山醍醐寺の万灯会が行われた。午後6時から金堂において、精霊供養理趣三昧法要が厳修された。法要終了後、雨天のため金堂内外陣に設置された精霊棚において施餓鬼法要が行われた。醍醐小学校生徒の置き灯篭も金堂内外陣に置かれ、金堂外壁には、醍醐小学校生徒の醍醐寺の絵が貼られた。五重塔前には、そうめん接待、縁日が並び、雨天のため醍醐中学校生徒作成の灯篭ねぷたは、清瀧宮拝殿内に展示された。
8/1午後1時より、醐山伝法学院の四度加行のうち、礼拝加行が開白した。これから12/6の伝法潅頂成満を目指して、如意輪法、金剛界、胎蔵界、不動護摩の修行をしていくことになる。
7/12~18まで、日本女子大学藤井雅子准教授(醍醐寺文化財研究所研究員)以下16名により、「国宝醍醐寺文書聖教」の追加指定調査が行われた。
これは、国宝に指定された以外の約240函を追加指定するための調査である。
8/17~23までの7日間、醍醐寺文化財研究所(大隅和雄所長)による調査が行われた。この調査は、大正3年から100年以上続くもので、第1函から第558函までの63,978点が「醍醐寺文書聖教」として国宝に指定される基礎ともなっている。
5/12、全国宗務所長会が、午前10時2分から総本山醍醐寺研修棟において開催された。 総務部、教学部、財務部からそれぞれ伝達事項が報告された後、㈱大江戸コンサルタン トによる社会保険制度の説明が行われ、午後3時20分に閉会した。
[宗務所長]
北海道宗務所長 観音寺 佐々木康勝
山形北部宗務所長 帰命院 羽柴 照峯
山形南部宗務所長 普門寺 堤 全隆
新潟宗務所 不動院 海南 良英
山梨宗務所長 大聖寺 石田 永明
静岡宗務所長 不動院 堀 健晃
三河東部宗務所長 清寳寺 中川 眞文
三河西部宗務所長 千手院 西浦 覚信
尾張宗務所長 大學院 藤田 正純
岐阜宗務所長 寶泉院 小森 芳順
三重宗務所長(代理)地蔵院 白山 良秀
京都宗務所長 松尾寺 松尾 象空
奈良宗務所長(代理)妙法寺 大塚 知明
大阪宗務所長(座長)弘川寺 髙志 慈海
兵庫宗務所長 正覚院 佐用 顕瑞
美作宗務所長 丸王寺 後藤 恵秀
備前宗務所長 金剛寺 菅野 孝仁
備中宗務所長(欠席)西光寺 黒山 良淳
広島宗務所長 願成寺 山尾 徳雄
山口宗務所長 一ノ滝寺 富島 藤徳
鳥取宗務所長 新興寺 城光寺照進
島根宗務所長 金剛峰寺 藤林 照賢
高知宗務所長 正法寺 小松 優心
香川宗務所長 摩尼院 中筋 高照
愛媛宗務所長 龍性寺 叶 義啓
福岡宗務所長 阿弥陀院 浅井 戒仁
大分宗務所長 海岸寺 瀧本 峰照
肥前宗務所長 良源寺 浦川 弘範
熊本宗務所長 本蔵院 藏本 崇正
宮崎宗務所長 光明院 谷山 光信
[内局]
壁瀬 宥雅宗務総長、仲田 順英総務部長、田中 祐考教学部長、浦郷宜右財務部長
幹事・田村密鏡総務課長