さいごくじ
西國寺の信仰/歴史
寺歴縁起
西國寺は天平年中、行基菩薩創建と伝えられ真言宗醍醐派の大本山である。治暦2年の罹災後、平安朝白河天皇の勅命により、また正和元年花園天皇より綸旨を受け、法燈は高く輝き、伽藍の規模は正に西国一という意味を込め、西國寺と名付けれ、天仁元年には、勅願寺となる。治暦炎上により本尊行基作薬師如来は焼滅したが、永保元年、讃岐善通寺の七仏薬師のご一体が紫雲に乗って来飛、金堂に安座され賜うと伝えられる。現在の本尊薬師瑠璃光如来である。境内の平地面積は、15700平方メートルに及ぶ。観光尾道のシンボルとされる長さ約2メートルの大草履の仁王門をくぐり、108段の石段を登れば、緑の中に朱塗の金堂、三重塔、大師堂、不動堂、持仏堂等が並び、さらには幕末の哀歌を語る大方丈と華麗な密教伽藍を配し、眼下に横たわる尾道水道と共に、絢爛たる一大絵巻が四季折々に展開される。弘法大師の霊跡として、加持祈祷の道場として年中多くの善男善女を迎えている。